闇に咲く薔薇
                  氷高颯矢

 最初に自分が女であると自覚したのは12の頃。服を汚す鮮血がとても不快で、気がついた時は周囲は紅い海になっていた。森を焼き尽くす炎は天から降る神々の嘆きという雨によってやがては消える。それでも、紅く広がり、揺らめく炎は波のよう。
「貴方を迎えに参りました」
「お前は誰?私をどうしようというの?」
「貴方には私の手伝いをして頂きたい…」
 生きた匂いのしないその男の手を取った時、私の運命は破滅へとより一層傾いた。男は魔王に仕える神官だと言った。

「アルヴィナ、何故私を拒む?」
「そんな簡単な理由がわからないなんて、愚かで哀れね」
「アルヴィナ!」
 なおも追い縋ろうとする男にアルヴィナは冷めた瞳で微笑んだ。
「飽きたのよ。案外つまらない男ね。それに――」
 白くて美しい手が伸びたかと思うと、その指先から紅い衝撃が放たれた。
「――弱い」
 不意に拍手が起きる。振り返るとそこにいたのはアルヴィナよりもいくつか年上の青年だった。
「キミの評判はずいぶんと聞き及んでいるよ、アルヴィナ。だけど、こうも簡単に殺してしまうのは良くない。殺すなら利用価値がなくなってからで十分間に合うと思うけど?」
「こんな小娘一人にあっさり殺される男の、どこに利用価値を見出せと言うの?退屈凌ぎにもならない、つまらない男…」
 気がつくと、温かな腕がアルヴィナを捉えていた。見上げた瞳は黄金に緑を散らしたような美しい色をしていた。
「そんなに退屈なら、僕とダンスでも踊りませんか?」
「あっ…こら、何を…」
「僕のリードに合わせて…さぁ」
 強引なリードに身を任せるのは不思議と心が弾んだ。こんなタイプの男は今までいなかった。アルヴィナは声を出して笑った。
「あははははっ、愉快ね。お前なんて言うの?」
「僕?僕はディズリー。白闇のディズリーと呼ぶ者もいるけどね」
 ディズリーは笑った。
「お前は私のもの。私の視界に入って来たものには二つの選択しかないの」
「愛か死か?」
「そう。お前はどちらを選ぶ?」
 答えは決まっている。返答変わりに交わした口付けは罪の香りがした。

 月は満ちる。運命の時はあっけなく男に死を選ばせた。
「アルヴィナ…」
「ヴァルクール?」
 月光の下に佇むアルヴィナに再び手を差し伸べたのは、魔王の右腕、氷の神官・ヴァルクール。
「ディズリーは私に言ったわ。『殺すなら利用価値がなくなった時に』って。だからその通りにしたの…」
「彼は魔王に近付く為に貴方に愛を囁いた」
「そうね。知っていたわ。だから待っていたの。見極めるのに時間がかかったわ。目的は同じなんだもの…」
 アルヴィナは微笑む。
「共犯者になれるのはやっぱり貴方だけなのかしら?」
「アルヴィナ」
「そんな咎める様に言わないで…私は争い事の嫌いな貴方の代わりに露を払っているのに」
 ヴァルクールの背に腕を回した。寄りそうアルヴィナの表情は少女のまま。
「魔族も人間もどうでもいい。全部壊れてしまえば良いわ。貴方と私の違いはそこね」
「現・魔王の様子はどうですか?」
「慎重派のディズリーが急ぐくらいよ?もう限界ね」
 そう答えてアルヴィナは気が付いた。
「見付けたの、ヴァルクール?」
「ええ。次代の魔王に相応しい者が現れました。力ではまだ貴方にも遠く及びませんが――重い宿命を背負う魂の輝きを持っています」
 アルヴィナは立ち上がった。
「挨拶をしないとね」
「アルヴィナ、何を考えているのです?」
「私の迫る選択は二つしかない。愛か、死か――」

――それは闇、温かい闇だった。

 漆黒の髪に翡翠の瞳、静かに絶望と情熱を抱いた男。アルヴィナはそれを欲しいと思った。
「触れたら闇に融けてしまいそう。それとも私の刃で切り裂いてやろうか?」
「どちらも御免蒙る…あいにく俺にはお前に構ってやれる余裕も時間もない」
 冷たく言い放つ声。ゾクッとした。
「お前に拒否権はないの。さぁ、跪いて私を愛すると誓いなさい」
 言葉通りの挑発を行動に移す。腰のあたりギリギリまで深く入ったスリットから白くしなやかな脚を曝す。座っている男の肩に踵を乗せ、アルヴィナは微笑む。
「悪いが俺はお前の挑発に乗る気はない。殺したいならそうすればいい。俺は簡単に死んでやるほど賢くはないがな…」
 鋭い瞳に射貫かれる。
「私を拒否するなんて…」
「以前の俺ならお前に魂をくれてやってもよかったんだが、事情が変わってな。俺は一人の女しか愛さない。たった一人、全てを懸けて愛すると誓った。だから、お前の挑発は無意味だ」
 男はアルヴィナの脚を下ろさせると立ち上がった。そのまま、振り返る事はなかった。アルヴィナはその背中を見つめていた。
(たった一人…全てを懸けて、愛する…?愛は支配する感情。そうじゃないの?)
 女の話をした時だけ瞳の光が柔らかくなった。例えるなら闇夜に点る蝋燭の炎のようなチリリと温かい光。
(愛する…愛するってどういう感情?)
 誰と身体を重ねても満たされた事なんてなかった。快楽は一瞬の安らぎと興奮をくれるけれど、朝が来るとその全てが色あせている。ディズリーとは最も長く一緒に居たし、望んだ訳ではなかったが子供まで生まれた。それでも、アルヴィナは常に満たされない渇きを覚えた。ついさっきまでは…

「ヴァルクール、私にあの男をちょうだい」
「スウェインの事ですか?」
「そうよ。どんな形でも良い。私はあの男が欲しい!あの男を手に入れたら私の中の渇きは癒されるに違いないわ」
 ヴァルクールは珍しく微笑を浮かべた。
「それは貴方次第です…」
「いいわ。邪魔は…しないでね?」
 甘い香りが零れる。
「ようやく、花開く時が来ましたね…アルヴィナ」
 蕾のまま枯れてしまいそうだった花は大輪の花を咲かせようとしていた。
 闇夜にも明るい深紅の薔薇のように。
「孤独を知る者は強い。だが、それを埋める存在を見つけた者は――」
 時に厄介なこの感情は運命をも左右する。
「アルヴィナは…どちらへ行ってしまうのか…」


調子に乗って書いてしまいました…(汗)
アルヴィナ、色香が足りないような気もしますが、イメージはサロメなんですよ。
手に入らないなら殺してしまえ、みたいな…。
ヴァルクールと仲良しさんに書いてますが、ここに愛はないでしょうね。
なんせ、ヴァルクールはジジ…いえ、何でもないッス(滝汗)
描写を控えめにしたのは原作ぶち壊し設定になりそうな予感マンマンだから。
アルヴィナの年齢はかなり若いですよ?
スウェインとは同じか1〜2個上くらいの設定。
それで2人の子持ち…。
微妙だな…。